立岩 真也 http://www.arsvi.com
北海道の浦河町にある<べてるの家>とは何かはなかなか説明しがたいのだが、ホームページには「小規模授産施設、作業所、有限会社、共同住居の4つの柱からなる共同体の総称です」とあった。ここ2週間ほど(『べてるの家の「非」援助論』を)時々開いているのに、さっき初めて組織図と地図が巻末に折り畳まれているのに気がついた。特に地図を見るとなんとなく感じがつかめる。そしてひどく存在感のある人々の写真、おもしろいと言うほかないイラストというか漫画(鈴木裕子・作)があってなんだかわかるような気がしてくる。この<ケアをひらく>シリーズの本は使っている紙が軽く、それで本も軽いのだが、その軽さがそうやってぱらぱら漫画を見ながら読むのに適してもいる。
これから書くように、ここで行われていることは理にかなったことだから、どこでもいろいろと使える技が入っていて参考になるかもしれない。しかしそれだけならいやだ、と私は思ってしまう。ここにあるのは「私は病気、はいそうです」みたいな乗りだ。そこがやはり大切なのであって、この乗りを外して、部分を取り入れたらかえって気持ち悪いことになるのではないかと思う(が、そんな半端なことはできないに違いない、とも思いなおす)。
この乗りを表わす標語がいくつもあるのだが、一つに「降りる生き方」という言葉がある(p.40等)。これにはあっさり舞台から降りてしまう爽快さがあるのだが、さらにここでは「心」が絡み、私に見えないものが見えたりもし、またどうにもなさけない部分もあるから、あっけらかんさだけでなくて、同時に、水底とか谷底とか、底の方にずっと下っていく艶めかしさがある。断言してしまうと、これは必然的に多くの人を捉える。この本がどれだけ売れても私は驚かない(ことにする)。
もっとも、人生がわかったような、患者に温かい眼差しを注いだりする、医療者による本、ではない本はこの本が初めてではない。あるにはあった。私がわずかに知っていると言えば身体障害の人たちがしてきたことだが、そこにこの乗りはあったし、だから私はおもしろいと思って調べたり書いたりしてきたのだ。精神障害の人たちだと、例えば集まる場所が5階にあるからというただそれだけで「ごかい」という名前のついた集団?が四国・松山にあり、たくさんは売れなかったと思うが、本も出ている。べてるの本ともう一冊並べるならそれかなと思った。
しかし、そうした人々にしても、そのまったく正しい姿勢を保ちながら社会で生き続けていくのは、なかなか難しいだろうなとも思っていた。なにせ世間はあまり正しくないのだから、なんとかやっていこうというときにはなにか工夫がいる。
べてるの家はとても変わったことをしていると受け取られるのだろうか。しかし私は、当人たちがどう思っていようが、たいへんまっとうな道を行っている、正解だと思った。どのように正解なのか、まだわからないところもあるが、そう思った。自分一人の内側に閉じさせようとするこの社会の仕掛けが効かないようにし、問題を周囲に波及させ拡散させて、少し自分が楽になる、そういう装置を様々なかたちでもっていて、同時に、受け止める側(実はその人たちも受け止めてほしいと思うその人と同じ人たちだったりする)、受け止める装置もまた緩くできている。「大切なのは、あまり真剣に、深くこころから、そして熱心には信じないことである。」(p.208)そしてさらにそれを(世捨て人になりたくない人は)この世をなんとか渡っていく仕掛けにもしていく。ひとまとめで言うとそんなところだ。まず今回は、それを「仕事」「事業」に即して見ていこう。
べてるの家は商売をやっている。昆布を売っているし、「精神分裂病を生きる」全10巻(1巻6000円)というシリーズのビデオテープ等々も売っている(ホームページからも注文できる)。みなさんよく働くかというとそんなことはない。生産性は低い。それを無理して高くしてもしかたがないということになっている。うまくいくはずのないコンセプトで、しかしかなりうまくいっているという。これはとりあえず謎である。
経営・経済については詳しく書かれてはおらず(むろんこの本にはそれは不要だ)、よかったら誰か調べてもよいと思うのだが、読んでわかることにまず一つ「病気を商売にする」がある。まずは「障害者ねた」である。「プロジェクトB」(Bは病気)でビデオを売りさばいて「病気御殿」(北海道には昆布御殿というものがかつてあったという)を建てようというのである(p.90)。
ビデオはここだけの特産品である。これについては、先行者にだけに与えられる有利さがあり、残念ながらまねしてもうまくはいかないかもしれない。つまり(講演、ビデオ等)芸能系の仕事で誰もがやっていけるようには、ならないだろう。だが、それにしてもこれは、後で考えてみれば、一定のお客が確実にいて少しも不思議でない。しかしべてるの家の前には、この商売はなかった。
もっと普通のもの、昆布も売っている。昆布はたくさんあって、他のところのものを買っても同じ昆布だが、こちらのを買う人がいる。マーケティング的には「差異化」されている、付加価値があるということだ。むろんどこの作業所でもそうやって売ってはいる。しかし多分、「かわいそうな気持ち」といっしょにというのと違う買われ方がされている。
またもっと現場的に、昆布の販売場で具合が悪くなってしまって、まわりの人が売って買ってくれたという、「発作で売る」がある(p.71)。表に姿を表わし、そして人の力を借りる。それもまた、窮状に胸を打たれて、とはすこし違うように、そしてあざとくも思われなくもないが、やはり必然性をもって、「消費を喚起」するのだ。このことについては次回もう少し言えればと思う。
もう一つは、基本的な生活の手段は最低なんとかなることが前提になっていること。これは大切なことだ。べてるの家は儲かっている方だろうが、すこし関わっている人など様々だろうから、単純に割ればよいというものでないにしても、年商1億ほどを100人で割れば1人100万で、これは売上げだから、利益はもっと少ない。だからたいしたことがないと言いたいのではない。基本的な収入が年金にせよ生活保護にせよまずあった上で、儲けを狙うのだ。あるいは、その分、仕事を減らすことができる。
またその余裕が地域に対する「貢献」を可能にする。効率がよくないからとして他が撤退する部分あるいは参入のない部分で商売を展開し、地域に必要なものを提供する。建物や道路に(というか、それを作る会社に)お金を出して「地域振興」というやり方はもう(あるいは以前から)よくない、一人一人にお金を出した方がよいということでもある。
消費者の力を借り、また引き出し、社会の力を使う、この二つを組み合わせていく。これはこれしかない戦略である。むろん、それはここにしかない条件ではない。年金で食べながら近所の作業所へ、というのはむしろ一般的でさえある。ただ、それをどのような位置に置くか、力をどのように使い、抜いていくかである。
悩みを抱えた市民の相談を受ける「べてるのメンバーによる市民相談会」に人に頼まれると断わりきれず引き受けてしまい行きづまってしまう中年のサラリーマンがやってくる。下野勉(p.61に写真)は「これは重症ですね。このままいくと、めでたくぼくたちの仲間になれます。基本的に、あなたはいい人です。いい人なんだけど、自分をいい人だとは思えない」と言い、さらに松本寛(p.131に写真)は「病気になれば人にものを頼まれなくなるから、いっそのこと病気になるか、そんな会社を辞めるか」と言う。その人は真面目な人なので「会社を辞めたら食っていけないし」と返すのだが、松本は「そんなことないよ。生活保護を受けたらいいですよ」と答える(p.107)。
そういうスタンスから、にもかかわらず「会社」をやるのだ、この人たちは。下野勉はどんな会社にしたいかと聞かれて「一人ひとりが、いろいろある仕事を全部覚える。自分がいなくなったときでも、ほかの誰かがすぐ代わりになってくれる会社」(p.60)と答える。それが「永遠不滅のキーワード」としての「安心してサボれる会社づくり」(p.59)ということになる。言うだけなら言えることかもしれない。実際、下野はそう言いながら、言った後、休まずにがんばってしまい、疲れ果ててしまう。だから現実に、さぼることがてきる場を作り、自分でさぼれるようになっていこうというのである。
では、そうしてなぜ会社を作ってやっていくのか。これは愚問なのだろう。商売は、お金を儲けることは、苦労することも含めて、おもしろいことでもある。私たちの多くは、資金集めのための廃品回収やバザーや模擬店に熱中できる。それは稼ぎにもならない単調な仕事をさせられ、それが「訓練」だとされ儲からないことの言い訳にされることと違う。
同時に商売は難しい。とくに人間関係が難しい。けれど関係には否応なくそうであるしかない部分もある。人と関係していく以上はきつさはなくせないし、また完全になくしてしまってもつまらない。だが他方で、そのきつさを緩められる部分も、一人ではできないが、ある。両方を知り、両方でやっていく。やはりこれは正解だと思う。
2002/08/25 『看護教育』43-08(2002-08):
http://www.igaku-shoin.co.jp
http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/
『べてるの家の「非」援助論』・2
6月に出た浦河べてるの家『べてるの家の「非」援助論——そのままでいいと思えるための25章』(医学書院、2000円)を紹介している。前回は、自分に閉じないこと、外に広げていくことについて、そして「事業」をやっていくことについて書いた。今回は、語ることとしての閉じないことから始めよう。もう一冊斉藤道雄の『悩む力——べてるの家の人びと』がやはり今年出て、やはりよい本で、写真はその表紙を載せた。
精神病はなおり切らないことも多く、幻覚や幻聴やなにがしかの不調や不思議な部分を抱えていくことになる。それが脳内の現象だと言われても仕方がない。それがその人の病気を抱えた人の人生ではある。あなたには見えず聞こえないものが私には見えたり聞こえたりする。世間一般には存在しないようであることはわかっていても、しかし圧倒的な存在感でそれはやってくる。薬を使うにしてもいつも効くわけではない。なんとかつきあっていくしかない。
まず他の人と違うから、へんなことをしてしまうから、自分のことを知らせず隠そうとする。(この様子を描いたのが第15回・4月号に紹介したゴッフマンの『スティグマ』。)一見して明らかな身体の障害に比べたら隠せることもあるが、しかしうまく隠し通すことは難しく、その困難と失敗が状態を悪化させもする。というか、それがこの病に関わるつらさの大きな部分を占めている。
だから、どういう者だと、どうにもならないんだと言ってわかってもらった方がよい。下野勉が書いた第7章「安心してサボれる会社づくり」の副題には「弱さの情報公開」という言葉がある。まず自分のことを自分たちに語る。すると多様でありながら共通していることがわかる。あるいはわからなくても、自分のことを話してもよいことはわかる。
そして自分のことを他の人にも、町の人にも話す。問題を起こすかもしれない自分が「御迷惑はかけません」と請け合うのはつらい。昆布販売業に携わりつつ、「偏見・差別大歓迎!」という集会をやってみたりする(第5章)。どこでもうまくいくかどうか、それは請け合えない。過疎の昆布が売れてほしい浦河町という町の「地の利」はあるかもしれない。ただ隠すことはつらく、不可能なことでもあって、語ることはたしかに生きやすさに関わっている。
かつて「反精神医学」と呼ばれるものがあり(乱暴にもゴッフマンがその中に入れられることもある)、「主流」に批判され尽くされ消えたとされる。それは社会に病の原因を見出し、普通の意味での医療を否定し、社会の変革を主張したとされる。やり玉にあがる人たちの書いたものにそう読める部分もあり、狭い意味での「原因」についてなら脳の中に病気を見る主流派の方が当たっているのかもしれない。しかし、病の人の暮らしは症状を抱えて困ったりすることの全体であり、それを病気と呼ぶかどうかはともかく、その全部を人は生きる。その困難に社会が関わっているのはたしかなことであり、関わり方が変わるときに、現われる症状が変わり、あるいは変わらなくとも楽になることはある。その応じ方を治療と言うかどうか。そこに関わるのは医療者だけではありえないのだし、言えないし、言わない方がよいだろう。ただこのような広い意味では、やはり社会は原因でもあり、対処のあり方も社会にある。だから、この意味では、あるいはこの意味に解すれば、批判派は正しいのかもしれない。とすると今までの批判で何が言われたのか、もう一度振り返ってみたい。そんなことも思ってしまう。(「原因論」については青土社『現代思想』4&6月号「生存の争い——医療の現代史のために」2&3で少し書いたのでよろしかったらどうぞ。)とはいえべてるの当人たちはなにか勉強したわけではない。薬も医者も使うものは適当に使いながら、そんなものでは到底どうにもならないところで生きているのだ。
さて、近頃の言葉で言えばカミング・アウト、等々がうまく行けばよい。どんな場もそうなった方がよいのではあるだろう。しかしそれが難しいから困っているのだ。ではそのところがどんな具合になっているか。
まず自分たちがいる。べてるは、以前からの言葉ではセルフヘルプ・グループみたいなものでもある。そんなことでは相乗効果でますます混乱が大きくなり、収拾がつかなくなるのではないか。実際そのようなことがいくらも起こり、それが描かれてもいる。ただ、それでもまあよいということになれば、時間はある。結局かかるのは膨大な時間だ。第11章は「三度の飯よりミーティング」。暮らしている人にはその時間がある。こういう場での話し合いなるものがうさんくさいのは、結論が用意されているところなのだが、それはここでは——なにもないのではなく、肯定的であること、分かち合うこと、が基本にはあるのだが ——ない。
そして「支援者」もまた、仕事のあり方にこだわらなければ、とくに職業者はともかくもお金をもらってそうした仕事に関わっているのだから、相当につきあうことはできる。第25章は「公私混同大歓迎」。いつも混同がよいということはなく、例えば身体障害の人たちは余計な世話を焼かないでくれと言って「支援者」の介入を防いできた。これも正解なのだが——そしてべてるにしても狭い意味での医療はむしろ背後に控えたものになる——しかし、とりわけべてるの人たちのように生きていくのに関わろうとするなら、この仕事に対する構えが変わることだ。
むろん、関わる人自身も変わらないとならないといったことはよく言われてきたことではあり、そして正しいが息苦しい感じがする。しかしそういうことではなく、それを求める、その方がよいと思う部分が、多くの人に最初からあるのだと思う。
うまくいかないところも含めて、そのままで肯定されること、その方が楽だとたしかに思っていることがある。そのままで、とは、自分が変わってしまうことでもあるのだが、それを求めてもいるということだ。
さらに周りの人たち、例えば書く人も巻き込まれていく。「ジャーナリストが取材対象に同化して取りこまれてしまうというのは、一般的には力不足の証拠とされている。その意味ではまったく力がなかった。しかし三十二年間報道現場にいて、取材しながらこれほどまでに自分の生き方を考えさせられたこともない。」(『悩む力』、p.240)斉藤の本は、そんなとても真摯な本で、私は前回「降りる生き方」をずいぶん脳天気に紹介したのだが、斉藤は「絶望のなかからのといかけ」(p.236)を言う。今回紹介しているポップな本と両方読んだらよいと思う。
べてるには重くそして軽やかな魅力がある。とはいえ、引き受ける、とまで言わないとしても、かかづらわるのはたしかに負担でもある。商売という、例えば家族という関係よりは濃くない関係に関係を置く、あるいはそこから関係が始まるのは、より楽だ。前回述べた、「福祉のお世話」になりながらいま自分にある力で商売したり生活するというのも、自分たちが、そしてその周りの人たちが、楽になりながらやっていける方法の一つだ。そして、究極的につらい関係に追い込まれるのでなければ、繰り返しになるが、実は多くの人は、べてるの人たちのような人たちとつきあいたいのである。
この本は少しも難しく書かれていない読みやすい本だが、「難解」でもある——『悩む力』の斉藤も『べてるの家の本』という別の本について同様のことを書いている(p.96)。例えば「責任」について。
第23章「べてるの家の「無責任体制」という章に、向谷地生良は「自己責任体制」のことを書いている。また、山崎薫は「べてるの良いところは、どんな失敗をしてもちゃんと責任をとらせてくれるところです」と言うのだが(p.201)、その2行後には「彼女は幾多の失敗を繰り返した。自暴自棄になり、みずからを責めさいなむときもある。そんなときには「OK! それで順調!」という仲間の声に励まされたり」とある。これもまた「当たり」だと思うのだが、どういうことなのだろう。
やっかいごとは普通はどこでも起こってしまう。何も起こらないような病院が用意されても、それはそれでつまらない。何かを背負ったり、ときには責めたり責められたりがこの世というものだ。ただ、自己責任がこの社会では普通のことだというだけのことではないようにも思う。
やむにやまれぬことでも、しかしそれをしたのは私だという感覚があり、それは私にとって大切なものだということだろうか。それは他人が責めたり罰することにすぐつながるわけではないが、私がやったことを私として引き受けねばということがあり、そしてその人にそのような態度を引き受けるように言うこと、そのように人を遇することが人を遇することだということなのだろうか。
大切なのは、べてるでなされているのが、自由な部分は自由にし締めるところは締める、どこかで線を引くというのでないことだ。あらかじめ、おおむね、信じてしまう。同時に、その一部として、「責任をとってもらう」。こうなっていると思う。
それにしても、私は「降りる」ことをもっぱら言ってきたが、それと「引き受ける」ことはどう関係しているのだろう。やはりまだ、よくわからない。べてるは、そんなことも、いくつものことを考えさせる。
2002/10/25 『看護教育』43-09(2002-10):782-783
http://www.igaku-shoin.co.jp
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